桜宮日記

2007年4月に生まれた愛娘・K子の育児や、年下のダーリンとの結婚生活を中心に、日常を気ままに書いて行きたいと思います。2011年8月に家族が増えました♪

初めてのウエディングフェア

2泊3日の予定でしたが、引き止められて3泊になり、遅くなってしまいました。
引き止められた理由などについて語り始めると、非常に内容が重たくなってしまいますのでやめておきますが。
でも、1つだけ。
健康な体を持っているということは、決して当たり前のことではないということをご理解いただきたいと思います。
自分の足で行きたい場所へ行ける、という私たちにとってごく当たり前のことができない人も、世の中にはたくさんいるのです。

健常者の方は、自分が健康であるということに対する感謝を忘れないでください。
そして、できることなら、身障者の方にも偏見の目を向けずに、温かく見守り、困っているときには手を差し伸べてほしいと思います。


さて、27日の月曜日、彼と平日ウエディング相談会に行って参りました。
場所はもちろん、カテゴリ「彼との出会い」の中の「2日目・2」に書いた、シーホークホテル&リゾートです。
結婚式を挙げるなら、思い出のあるここしかないだろうと、2人の意見が一致しました。
さすがに結婚式を挙げるカップルが多いだけあって、毎週日曜にウエディングフェアがあっているようなのですが、平日にもときどきあるようで、たまたま27日にも平日相談会があることを知り、前もって予約を入れていたので、とてもスムーズでした。
平日だから、そんなに人も多くなかったし。
それでも、5組くらいはいましたけど。

まだお互いの親に紹介もしていないのに、順番が違うだろうと思われるかもしれませんが……。
今は事情があって、紹介ができないのです。
でも、年末に挙式したいので、人気のあるこのホテルは早目に予約をしないと埋まってしまうかもしれないので、とにかく早目に行くことにしたのです。
順番が間違っていることは重々承知しています。

担当してくださったのは、若い女性の方でした。
とても感じの良い綺麗な女性で、ダーリンが心変わりしないか、ちょっとドキドキ。

以前、友人の親戚がここで挙式していて、「とても良かったよ」と聞いていたこともあり、期待して行ったのですが。
期待以上でした。
すっごく豪華で素敵なのです。
挙式スタイルに関しては、どうしてもやりたいことがあり(ここを覗いている友人の中にも招待する人がいるので、今は内緒にしておきますけど)、やっぱり、見ると聞くでは大違い。
見せていただいた映像は、想像よりもずっと良かったです。
でも、それ以外の挙式スタイルも見るととても素敵で、ちょっぴり心が動いてしまいました。

一番気持ちが動いたのは、本物の教会のような厳かな雰囲気の挙式場。
映画のワンシーンのようで、くらくらしてしまいましたけど。
でも、その後通る場所が吹き抜けというか、天井が無い場所なので、12月では寒いだろうという理由で却下しました。

披露宴会場もいくつか有り、その中で彼が気に入ったのが、プールつきの広いバルコニーがある披露宴会場。
福岡の街と海を一望できて眺めは最高。
壁一面が窓なので、開放感が抜群でした。
挙式スタイルは私の好みを押し通させてもらうので、披露宴会場に関しては彼の意思を反映させたいと思っています。
予約がとれたら、の話ですけど。

挙式の候補の日は2日あって、2番目に気に入った披露宴会場は、そのうち1日はもう埋まってしまっていました。
まだ9ヶ月も先なのに。
やっぱり、油断できません。
できるだけ早く親に紹介して、式場を押さえないと心配です。

さて、今日はまだ旅の疲れが残っているので、これくらいにしておきます。
担当してくださった女性とは会話がはずんで、とても楽しかったので、明日はウエディングフェア会話編を書きたいと思います。

2時間の恨み

これを書いているのは27日の夜ですが、26日の話です。

資格試験後、私はダーリンと会う予定でした。
試験に関しては……私の在学中とはカリキュラムがずいぶん変わっていて、習ったこともないようなことも多いし、かと言って今現在使われている教科書を買い揃えるのはお金がかかりすぎるし……という感じでした。
かなり勉強していたつもりなのですが、栄養学は日進月歩。
受かったら奇跡です。


そんな話はさておき。
試験終了は16時20分、彼は丁度いいバスがないので16時頃博多に着くバスを予約していて、試験会場から急いで博多に行けば、17時前には彼と合流できる予定でした。

午前中の試験が終った直後、携帯を見ると彼からメールが。
「バスの予約がとれてなかった」

一瞬、頭が真白になりました。
休み時間だったので速攻で彼に電話したところ、インターネットで予約は入れたはずなのに、とれていなくて、空席もなく、やっと押さえられたバスでは18時過ぎにしか博多に着かないとのこと。

「ごめん……」と、彼は謝っていましたが、私が怒っていたのはバス会社に対してです。
「申し訳ありません」と謝っただけで、何もしてくれなかったと言うのです。

謝ってすむ話かっ!?

怒りのあまり、午後の試験に若干の影響が出たかもしれません(責任転嫁)。

結局、彼が乗るバスが渋滞に巻き込まれたこともあり、合流予定時間を2時間も過ぎて、ようやく彼が到着しました。
どうしても彼と一緒に夕食を食べたかった私は、何も食べずに空腹に耐えながら彼を待っていました。

今回は、私が空腹に耐えながら2時間待っただけですんだので、とりあえず実害は小さかったと言えるでしょう。
しかし、もしもサラリーマンが大事な商談に行く予定だったら。
もしも、受験生が試験に向かう予定だったら。
人生が変わってしまう可能性だってあるのです。

また、もしも博多から空港に向かって、海外旅行に行く予定だったとしたら。
駄目になった旅行代金は、バス会社が持ってくれるのでしょうか?

それだけの危険性だってあるかもしれないというのに、まるっきり向こうの落ち度なのに、謝るだけで済ますというそのバス会社側の態度に私は大激怒。

おのれNバス!(西鉄バスではありません)
悪評ばらまいて潰してやるからな!!!

おまけに、2人で行くはずだったお店は、時間が遅くなったため、大行列でとても入ることができず、適当な別の店に入ることに。
韓国鍋のお店で、鶏をまるまる1羽2人で食べつくすと言う暴挙をやらかしました。

それでも、空腹がおさまると、いくらか怒りもおさまり、その後は普通にデートをしました。

翌27日、2人でウエディングフェアへ行ったのですが、それはまた後日アップしたいと思います。
明日から2泊3日で田舎に帰るので、その間は更新できないと思います。

明日に迫る危機

明日は、私の資格試験があります。
そんなときにパソコン立ち上げてこんなことしてるんだから、負けは確定のような気もしますが。

何の試験かと申しますと、「管理栄養士」の国家試験です。
私は栄養士の免許は持っているのですが、管理栄養士の免許はまだ持っていません。

これがまた、とても難しいのです。
去年の合格率は、確か15%ちょっとだったと思います。
な~んだ、たいしたこと無いじゃんと思われるかもしれませんが……。
大卒と短大卒では、合格率が天と地ほどの差があるのです。

免除科目がある大卒の合格率は90%を越えます。
しかし、免除科目の無い短大卒者の合格率は、10%にも満たないのです。
私は短大卒なので、毎年落ちてます(涙)。

ただし、それは去年までの話。
今年からは免除科目が無くなり、大卒だろうが短大卒だろうが、同じだけ受けないといけなくなりました。
新しい試験制度になってから初めての試験なので、どうなるかは全くわかりません。

しかし、この試験。
栄養士だから栄養学の知識さえあればいいと思っていたら大間違い。
その分野は幅広く、栄養学はもちろんのこと、食品の加工や保存の知識、栄養士が必要とされる施設の法律的な知識や、人体機能、疾病、衛生管理、給食施設の経営管理概要など、多岐にわたります。

正直、「こんなこと知ってて役に立つのか?」と思うことも多いです。
筋骨の構造や、神経支配(どの神経は脳のどの部分が司っているかなど)、呼吸器系の仕組み、各種感覚器の構造、循環器の構造と機能、なども知ってないといけないのです。

血管内皮は、単層扁平上皮であるとか。
心筋は横紋筋であるとか。
脱水素酵素は酸化還元酵素であるとか。
唾液の分泌を調節する神経は顔面神経と舌咽神経であるとか。
音の機械的信号は、電気信号に変換され、蝸牛神経を経て脳に伝えられるとか。

本当に役に立つんだろうか……医者になるわけでもないのに……。

医師国家試験より難しいんじゃないかとすら言われるこの試験。
試験を作る人の中にも、
「こんな実践の役に立たない知識で試験を行う意味があるんだろうか……」
と言う人もいるとかいないとか。
その辺の話は、私がよく知る先生のお友達が試験を作る立場の方だそうで、そちらから漏れ聞いた話だから、嘘ではないと思われます。

そんな切羽詰った状況にも関わらず。
「今更じたばたしたってしょーがないでしょ」
と言う母に連れられて、午前中はよくわからん健康教室と買い物につき合わされました。

とりあえず、明日は頑張ってきます……。

最後に

最後と言っても、カテゴリ「彼との出会い」の最後になる予定、という意味なのですが……。

読んでいただければわかると思いますが、私と彼との出会いは、一般的に見れば少し(?)特殊な出会いだと言えるでしょう。
おまけに、プロポーズを受けてから付き合い始めたというのも、かなり珍しいと思います。

でも、それから1年、お互いを知る努力をし、気持ちを深め合って、現在に至るわけです。
今年の年末に入籍・結婚をしようというのは、2人で話し合って決めたことです。
色々と事情があって、まだお互いの両親に会うことはできていませんが、焦らず少しずつ話を進めようと思っています。

多分、私の両親には反対されるだろうし、すんなりと結婚することはできないでしょう。
それでも、2人で頑張ろうと決めたから。
挫折はしないと思います……多分。

進展具合は、逐一ここに書こうと思います。
結婚に向けて頑張る彼と私を、どうか応援してください。


そうそう。
【運命の分かれ道】に書いた、お見合いのことなのですが。

顔を合わせることもなく流れました(笑)。

33歳と言われていた相手の年齢が、仲介人の間違いで、本当は35歳か36歳だったんです。
それを聞いた母が急に難色を示し、
「それくらいの年齢だと子供が望めないかもしれないから、やめておきましょう」
と。

こういうのを、てのひらを返したような態度って言うんでしょうね。
おかげで助かりましたが。

でも、あのお見合いの話がなければ、彼は一生私への想いを胸に秘めたままだったと、彼本人も認めていますから。
2人の将来のために必要なことだったんですね。

様々な偶然が運命的とも言えるほどに絡み合って成り立っている今を大切に、頑張って行きたいと思います。

おかげさまで……

この日記を始めて、まだ1月足らずですが。
気が付いたら、FC2ブログ【結婚までの道のり ランキング】で、時々3位に入るようになりました。
7位くらいまで落ちてることもしばしばですが。

これも、ここを御覧になってくださっている、ランキングボタンを押してくださっている皆様のおかげです。
本当にありがとうございます。

これからもどうか、温かく見守ってくださいね。
末永く、よろしくお願い致します♪

様々な努力

それから現在に至るまで、私は関係を長続きさせるための様々な努力をしました。
その結果が、先日デートの様子を書いたように、間もなく1年を迎えるのに加速が止まらない状態です。

半年で終るであろうと出た占いの結果を覆したわけです。
人の意思の力の前には、占いの結果などは無意味なのです。
相手がいる場合は、難しいこともありますが……。

とりあえず、
勝った
と思いました(何)。
変なところで負けず嫌いです。

どんな努力をしたのかと申しますと。
複雑なので全部は書けませんが、キーワードは「新鮮さを失わないこと」です。

いつもは自分の好きなファッションをしていたかと思えば、突然彼好みの格好をしてみたり。
「あ、いつもと違うなぁ」
と、それだけで男性の気持ちは違うみたいです。
ちなみにうちのダーリンは、私がミニスカートで網タイツだと喜びます。
ただし、女性の服装に全く意識を払わないタイプの人だと無意味ですが。

デートのとき、デートコースがほぼ同じでも、昼食と夕食のうち、どちらかは必ず新しい店に連れて行ったり。
私はデート前は毎回、良さそうなお店をネットや情報誌で探します。
ただし、実際に行ってリサーチすることはありません。
新しいお店に行く新鮮な気持ちを、一緒に味わいたいからです。
私自身の新鮮な気持ちを失わないためでもあります。
「どうだろう、おいしいといいね~」
というちょっとドキドキする気持ちを、料理が出てくるまで2人で味わえるので好きです。

後は、わがままにならない程度に上手に甘えるとか。好きな女性に甘えられるのは、男性は好きらしいです。
男の人って結構褒められるの好きなので、いいところをさりげなく褒めてみたりとか(やりすぎは禁物ですけど)。

それから、手料理って結構重要かも。
テーマパークデートなどのときは、お弁当を作るようにしてます。
彼は、いつもおいしいと言って食べてくれます♪
ただ、インスタント食品やファーストフードの味に慣れた男性だと、普通の手料理が物足りなく感じてしまう人もいるようなので、絶対とは言えません。

とまあ、書いているのはごく一部ですが。
男性にも色んなタイプがいるので、どうすればいいかというのは付き合っている本人の判断ということになります。
付き合って1年になる私ですが、未だに時々加減を間違えて、彼を怒らせてしまうことがあります。
ごめんね、ダーリン……。

それでも。
今まで、飽きることなく、最初の頃の気持ちを維持できているのは、お互いの努力の賜物だと思います。
どちらか片方の努力だけでは、関係の維持は無理ですから。

これを読んでいる皆様にも、素敵な恋が訪れますように。

運命の分かれ道・5

そんなこんなで付き合い始めて3ヵ月後には、私はすっかりこの遠距離恋愛にはまってしまっていました。
はっきり言って、これは大誤算でした。

理由を聞かれると、言葉にするのは難しいのですが……。

まず1つは、彼がとてもマメだったということでしょう。
メールは毎日5通以上やりとりし、電話もほぼ毎日。
月に2回は会いに来てくれました。
月に2回会いにくるというのは、並大抵のことではありません。
毎回飛行機ではとてもお金が続かないので、高速バスに切り替えたのですが、それでも旅費は馬鹿になりません。
おまけに、高速バスを使うと、片道4時間以上かかってしまうのです。
そんな状況にも関わらず、彼は前日の仕事が夜12時に終っても、朝5時に起きて、10時には着くように私のところへ来てくれて、夜8時前後まで滞在し、それから帰ります。彼が家に帰り着くのは夜12時過ぎです。
そんな過酷なスケジュールでも、彼は必ず月に2回は来てくれました。

そして、一緒に過ごす時間の居心地のよさも大きかったと思います。
動くテンポや、考え方が似ていたり、気を使うところが同じだったり……波長が合うと言えばいいのでしょうか。
もちろん、男女の違いがあるので、本質的なところは全く違うのですが。
とにかく、一緒に居ても何も気負うことなく、素でいられて、すごく楽で、安らげて、若さに似合わず私の全てを許容してくれる人でした。

「私の欠点って何?」
そう彼に聞いたことがあります。
「う~ん、ヒステリックでわがままなところ」
と彼は答えました。
私がすぐ泣くところがヒステリックで、「私のどこが好き? どれくらい好き? 本当に好き?」ってしつこく聞くところがわがままだそうです。
自分で言うのも何ですが、非常にうざったい女です。
そう聞いてしまうのは、過去の苦い経験のせいなのですけどね。

「でも、嫌いじゃないよ。そういうところもひっくるめて、全部好きだよ。愛してる」
そう言って、彼は微笑みました。

本当に、21歳とは思えない懐の深さです。
そして、一時の熱病のような恋愛であったとしても、真面目にまっすぐに私を愛してくれる彼の姿勢に、心を動かされてしまったのです。

でも、そうなると。
半年後には停滞、挫折してしまうというあの占いのカードが、非常に重くのしかかり始めました。

しかーし!
ここで諦める私ではありません。

「未来は変えられると、私はいつも占った人に言ってるのよ。未来は自分の手で作るものだと。運命は変えられると。それならば、変えてみせる! 占いなんかよりも人の意思の力のほうがずっと強いんだって、私が証明してみせる!!」

不安が無かったと言えば嘘になります。
過去・現在・未来・深層心理、その全てが当たってしまった場合、結果のカードが当たる確率も高くなるからです。
でもだからと言って、諦めるつもりはありませんでした。

「負けるもんですか!」
昼行灯、真昼のろうそくのような、いつも「なんとかなるさ~」という姿勢で生きている薄ぼんやりで滅多に本気にならない私が、珍しくやる気を出した瞬間でした。

運命の分かれ道・4

「貴方はまだ、たしか……20歳よね?」
「あと数日で21になります」
「あ~、そ~」
私から見れば、20も21も大差ありません。

「21としても、まだ結婚を考えるような年じゃないでしょう」
「でも俺は、姉さんみたいな人となら結婚したいと思います」
21くらいでそういうこと考えるのは珍しいんじゃないかと思うのは私だけでしょうか。
彼は社会人だけれど、21と言えば、まだ学生の人も多く、遊びたい盛りのはずです。

「私の年はわかってるよね?」
「もちろんです」
……20代後半です。
「私は焦る年だけど、貴方はまだ焦って結婚するような年じゃないでしょ。何もそんな年で人生決めなくても……」
「年齢なんて関係ありません」
「私はもうこんな機会はないかもしれないけど、貴方はまだ若くて、出会いのチャンスはいっぱいあるのよ。こんなに早く結婚を決めるなんて、もったいないと思わないの?」
「思いません」
「だって、もっと若くて可愛い、貴方に相応しい女の子が現れると思うんだけど」
「俺には貴女以上の人なんて想像できないし、したくもありません」

……はい。
私は、自分にできる説得は全部したと思います。
恋は盲目とはよく言ったものです。
でも途中から、彼の本気具合が伝わってきていたし、突っぱねることができなくなってきてしまいました。

だいたい、昔からこういうパターンで付き合い始めることが多かったです。
情にほだされやすく、断り下手、そして別れ下手。あまり褒められたことではありません。

それにしても。
昨日書いたように、20歳前後の男性は激しい恋をしがちです。
彼のこの受け答えに、私がかえって不安を募らせたのは言うまでもありません。
もちろん、彼が本気なのは確かです。
それでも、急激な恋は急激に冷めるもの。

でも、それならばと、私は考え方を変えることにしました。
半年くらい付き合って、相手の気持ちが冷めた頃に別れを促せばいいのです。

それに、世の中には、立ち直りが早い人と遅い人がいます。
彼は多分、真面目な人だし、断ったりしたらものすごく落ち込むタイプだと思いました。
下手に断れば、海より深く落ち込んで、当分浮上してこないでしょう。
彼が私にとって大切な友人だということは変わりなく、それではちょっとかわいそうです。
でも、彼の気持ちが冷めた頃なら。
多分、また前の友人関係に戻れるのではないかと思いました。

私が考えを変えたことで、だんだんと私の占いが真実味を帯びてきました。
「急展開的に付き合うことになる」という未来のカードも、どうやら当たってしまったようです。

ここまで来れば、最後の「結果」のカードも当たることになるだろうと、私は思いました。
でも、そうなれば。
別れるときのお互いの傷はそう深くはならないし。
話し合って納得した上で、別れられるでしょう。
今、好きな男性がいるわけでもなく、結婚を焦っているわけでもない。
半年くらい、彼の気持ちが冷めるのを待てばいいだけ。

そんな考えから、私は
「わかったわ。とりあえず、一度会いましょう。会って、もう一度ちゃんと話し合いましょう」
そう答えました。

さて、このとき。
私は彼のことで頭がいっぱいで、大事なことをすっかり忘れていました。
お見合いの話です。
電話を切った頃には、お見合いの話など頭の中からすっかり消え去っていました。

運命の分かれ道・3

もしもし、という言葉を交わした後、しばらくお互いに言葉を発することができませんでした。
私は、彼の気持ちにずっと気付けなくて申し訳なかったという気持ちから。
そして多分彼は、ずっと聞きたかった声が聞けたからという感慨からではないかと思います。

そのとき、私の脳裏をよぎっていたのは、しばらく前に彼から頼まれた占いのこと。
「貴方が頼んだ占いは、私のことだったの?」
「……はい。でも、姉さんにはほかにプロポーズしてくれてる人がいるって言ってたから……言えなかったんです」
消え入りそうな彼の声。
彼が嘘をつけない人だということは、一緒に過ごした2日間でよくわかっていました。

なんてこと。
過去の所に出ていた【理想の女性との出会い、明るい、新しい恋の芽生え】を示すあのカードは、私を指していたのです。
全く気付きもしなかった私は、もしかすると鈍いのでしょうか
そんなこととは知らず、私は「うまく行ったら報告しろよ~」なんて言ってたのですから。
彼は相当苦悩したことでしょう。

ちなみに、そのプロポーズされていた人の方は先日お断りしたのですが、そのことは彼に告げていませんでした。
と言うか、告げる必要性を全く感じていなかったので。

そして私の頭の中では、未来のカードの先を示す、結果のカードのことが気になり始めていました。
彼にはそのカードのことは話していなかったのですが、実はあまりいいカードではなかったのです。
【停滞した状況、挫折】の意味のカードでした。
でも、悪いことは告げないほうがいい(知らないほうがいい)こともあるので、黙っていたのです。

タロットカードには明確な期限は無く、だいたい半年前後の未来を見ていると考える方がほとんどのようです。
人によっては、3ヵ月前後と言う人も、長くて1年前後と言う人もいます。
そんなことから、「付き合い始めても、もって半年かなぁ」と、私はぼんやり考えていました。

そして私の頭の中には、もう1つ、過去の苦い思い出がよみがえり始めていました。

昨日書いた、私を電話恐怖症にした男性と別れた後、私は19歳の男の子と付き合ったことがあります。そのとき、私は24歳でした。
すごく熱烈に口説かれて、愛されて、もちろんプロポーズもされていたのですが。

半年で破局しました。

馬鹿な女が年下男に弄ばれて捨てられたと思われたくないので、念のために申しておきますが。
彼が敬虔なクリスチャンだったために、プロポーズまでされていたにも関わらず、その年齢に似合わない恐ろしくキヨラカな交際でしたよ。

20歳前後の男性というのは、年上の女性に憧れやすい次期であり、また、「これが人生最後の恋だ」と思い込みやすく、激しい恋をしがちな時期でもある、と私は思っています。
ですが、激しい恋というのは一瞬で冷めることも多いのが現実です。
そういう苦い経験も踏まえて、彼との付き合いも長くて半年だろうと私は思いました。

そして、下手に付き合って別れたりしようものなら、もう何年も続け、それなりの人間関係も築いているKOCというゲームが、気まずくなって継続し辛い状況になってしまう可能性もあります。

そんな打算もあり、ここは1つ、
「貴方とはずっとオトモダチでいましょう。もちろん、ゲーム上ではずっと仲良くしたいです」
ということにしておいたほうが、平和的だと思いました。
そうすれば、ゲーム上でも何のわだかまりもないはずです。

そう頭の中で結論付け、私は彼の説得に当たることにしました。

運命の分かれ道・2

私は現在の状況から、自分の心境まで、MSNメッセンジャーで打ち込み、彼に聞いてもらいました。
キーボードを叩きながら、また気持ちが昂ぶって、溢れる涙を手で拭いながらの作業でした。
パソコンを介してだから、私が泣いてることなど彼にわかるはずはないという思いから、涙を我慢する気にもなれず、恥も外聞も無く泣きながらキーボードを叩き続けていました。

報告を終え、ふぅっとため息をつき、私は手を止めました。
それまで相槌をうっていた彼の書き込みも止まりました。

「どうしたらうまく断れるだろう?」
少し時間を置いて、私はそう打ち込みました。
彼はしばらく考えているようでした。

そして、次にパソコン画面上に浮かび上がってきた言葉を見て、私は絶句しました。

「俺と結婚するからって断ってください」


……はあぁっ!?

青天の霹靂と言うか、ドリフのコントで特大のタライが脳天を直撃したような……いや、それ以上の言葉にできない衝撃でした。

ちょっと普通に考えてみてくださいね。
ネットゲーム上では長い付き合いで(もう3年くらいかな。2年以上は経ってるはずですが、よくわかりません)、ネットを介してはよく話している友人。
でも、実際に会ったのはただ1度きり。
しかもこのとき彼は、まだ21歳の誕生日を迎えていませんでした。
そして当の私はと言えば、四捨五入したら30歳。

そんな相手からの突然のプロポーズらしき言葉。
本気と受け取れるかと言うと、受け取れるわけがありません。

普段の私なら、笑って流せる冗談だったと思います。
でも、このときの私は、冗談を笑える精神状態ではなかったのです。

それで、どうなったのかと申しますと……。

さらに激しく泣き始めました。
嬉し泣きではありません。
愚痴を聞いてもらって気持ちを落ち着けたかったのに、それどころか年下の男に馬鹿にされた……という心境でした。
私が泣いていることなんて彼は知らないから、私が冗談っぽく愚痴をこぼしているだけだと、彼は思っているんだろうと思いました。

でも、いくら何でも、それをそのまま文字で打ち込むほど私はお子様ではありません。

「冗談でしょ?」
MSNだということに感謝しながら、私はそう打ち込みました。
私が泣いていることも、直接口から出た言葉であれば冷ややかな響きであるだろう言葉も、ネットを介した文字だけのやりとりならば、何も伝わらないから。

「えっと……本気だったら?」
そんな言葉が返ってきました。
私は頭がクラクラしました。

しばらく色んな言葉のやりとりをしましたが、彼の口調が本気か冗談かわからない。
これではラチがあかないと思いました。
「電話で話そう」
私はそんな言葉と、自分の携帯番号を一緒に打ち込みました。

メールアドレスは教えていたのですが、携帯番号は教えていなかったのです。
それには理由があって……。
いずれほかの機会に書こうと思いますが、4年ほど前、当時付き合っていた人との別れ際のトラブルにより、私は電話恐怖症に陥っていたのです。
今現在はある程度落ち着いているものの、当時はかなりひどく、携帯電話が鳴るだけでパニックを起こす、泣き叫ぶ、携帯を壁に投げつける……と言った症状を引き起こしていました。

とりあえず現在は落ち着いているとは言え、今でも余程の理由が無い限りは男性に携帯の番号は教えないようにしています。

ほどなくして、携帯が鳴り始めました。
その電話をとるのに、私はかなりの勇気を必要としました。
早くとらなければ、という焦りと、とるのが恐いと言う気持ち。
携帯を持つ手が震えていました。

「……もしもし」
「もしもし……姉さん?」
数ヶ月ぶりに聞く彼の声は、切ない響きを帯びていました。

そのとき、私はもう1度衝撃を受けました。
彼の声を聞いたとき、彼の言葉が決して冗談ではなく、本気であると私は初めて知ったのです。

運命の分かれ道

福岡西方沖地震から一月ほど経った、2005年の春真っ盛りの頃。
プロポーズしてくれていた人をお断りして、気分転換に腰まであった髪を短くし(別に失恋したわけではないけれど)、平和な日々を送っていたある日のことでした。

「いい話があるんだけど♪」
母にそんなことを言われ、私はいや~な予感を抱きました。
そして、その予感は的中しました。

母の「いい話」は、私の見合い話でした。

お相手は地元名士のご子息で、有名大学を卒業後、一流企業にお勤めの33歳。見た目も決して悪くありません。
「年はちょっと上だけど、こんな良縁最初で最後よ! 絶対受けなさい!」
母はものすごく張り切っていました。

私は過去に1度だけ、親の勧めでお見合いをしたことがありますが、自分には見合いは合わないと痛感しただけでした。
また、相手に気に入ってもらえただけに、お断りするときの心苦しさと言ったらありませんでした。
あのとき、もう2度とお見合いはしないと心に誓ったというのに……。

しかも母のこの様子では、相手から断ってこない限りは、こちらから断ることは絶対に許さない、という雰囲気。
しかも、幸か不幸か、私は見合いを断られるタイプではないのです。

容姿は、芸能人で誰に似ているかというと、「若い頃の中野良子」と、中高年の方によく言われます。若い人はまず知らないでしょう。お父さんお母さんに聞いてみたら知ってると思います。
簡単に言えば、日本的なタイプで、非常に御年寄り受けがいいです。「お人形さんみたい」と、よく御年寄りの方に言われます。
祖母の友人など、「ミス○○市のようなお孫さん」と絶賛したほど。
また、年頃の息子を持つおば様方から、「ぜひ息子の嫁に」と望まれやすいタイプでもあります(何度も言われたことがあります)。

ただ、今時の目がぱっちりした美人とはかけ離れているので、若い人から見れば全然たいしたことないレベルです。
私は御年寄り受けがいいだけで、美人とは違うのです。そこのところはお間違え無きよう。

その上、地元ではそこそこ名の知れた偏差値高めの県立お嬢様高校を卒業後、短大で食物栄養を専攻し、現在は中学校の栄養士をしていると言えば、断る隙なんてそうそうありません。
性格はだいぶ問題アリですが、母も私も典型的外面人間なので、周囲の評判は良く、だからこんな見合い話が舞い込んだのです。

その夜は、家の中が大嵐となりました。
「恋愛結婚がしたいから、絶対に見合いなんかしない」という私と、「お金持ちで家柄もいい相手を、会いもせずに断るなんて馬鹿を言うな」という母の対決でした。

母の父(私から見れば祖父)は、友人の借金の保証人になったために莫大な借金を背負うことになり、母が子供の頃は食べるに困るほどの貧乏だったそうで、母は娘である私をお金持ちのところに嫁がせるのが絶対に幸せだと頭から信じ込んでいるのです。

「結婚ってお金だけじゃないでしょ。私は性格的に相性が合う人と結婚したいの。この人となら一生一緒にいられるって思う人と結婚したいの」
何度もそう言ったけれど、
「あんたは何もわかってない。考えが甘すぎる。お金があったらしなくていい喧嘩もあるの。愛なんていつか冷めるの。お金はきちんと管理してればいつまでも残るんだから、お金がある人と結婚しなさい」

母の考えは頑なで、どれだけ言葉を尽くしても私の気持ちをわかってくれません。
それは今も同じです。
母も同じことを私に思っているでしょう。
「娘の幸せを思って言ってるのに、なぜわかってくれないの」と。
母は人生の先輩で、母の言うことのほうが正しいのかもしれません。長い目で見れば、そのほうが幸せなのかもしれません。
でも、私はどうしても納得できないのです。
愛情の無い結婚生活なんて、どれだけお金があっても、私はお断りです。

母と言い争いをした後、私はパソコンの前に座って泣いていました。
友達に電話しようかとも思ったのですが、泣きながら電話をしてもうまく話せないから、まずはMSNメッセンジャーで誰かに聞いてもらおうと思ったのです。
文字を打ち込んでいれば、気持ちの整理もできるし、少しは落ち着くかもしれない。
そんな気持ちで、愚痴をこぼせそうな誰かが上がってくるのを待っていました。

10分ほど経ったときだったでしょうか。
彼がMSNを立ち上げたのです。
私は即効で彼を捕獲し、愚痴を聞いてもらいました。

今にして思えば、これが運命の分かれ道でした。
私がこんな状況にあるときに彼がMSNを立ち上げたことは、ひょっとしたら偶然ではなく、何かしら運命的な物が働いたのかもしれません。
もし、ほかの誰かが先にMSNを立ち上げていたら。
もし、私が彼に愚痴をこぼさなければ。
現在は、全く違う方向へ進んでいたはずなのです。

ホワイトデー☆デート♪

今日はホワイトデー。
ということで、デートしてました☆
狙ったわけではなく、たまたま2人の休みが合うのが今日だっただけなのですけど。

さて、本日のデート記録を書こうと思うのですが。
胸焼け・食あたり等を起こしてもかまわないという方のみ、下からお入りください。
読んだためにどういう症状を引き起こしても、当方は一切の責任をとりません。
予めご了承ください。

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お互いの呼び名

昨日の文章を書いてるとき、違和感を感じました。
彼が、私を「ミルちゃん」と名前で呼んだことです。
昨日書いていたときは、都合上そう書いたのですが、実際そういう呼び方をすることは、付き合い始める前も後も滅多にありません。
ただ、お互いの呼び名の話は別で書きたかったので、便宜上そう書いたのですが。
早く違和感を取り除きたいので、話が前後してしまいますが、今日は付き合い始めてすぐの話になります。

付き合い始める前は、キャラ名でも本名でも、お互いに名前を呼び合うことはあまりありませんでした(本名知らなかったし)。
彼は私を「姉さん(姐さん?)」と呼んでいました。
私は彼を「ねえ」とか、「貴方は~」とか呼んでいました。

そして、付き合い始めるにあたり、そのままでは恋人っぽくないから、お互いの呼び方を決めることになりました。

彼の名前は、「しんたろう(仮名)」という、ちょっと長い名前でした。
私は、男性を呼び捨てにするのと、「君」を付けて呼ぶのがあまり好きではありません。「さん」か「ちゃん」を付けるのが好きです。

私「しんたろうさん、もしくはしんたろうちゃん。長くて呼びにくいね。しんちゃん?」
彼「アニメキャラみたいだな」
私「しんさん」
彼「大正時代の香りがするような……」
私「しんたさん。ちょっと語呂が悪い。しんたちゃん?」
彼「家族にそう呼ばれてる……」

とまあこんな感じで、なかなか決まりませんでした。
しびれを切らした私が、
「もういい。ダーリンって呼ぶ」
高らかに宣言しました。
「……は?」
「ダーリン。いいでしょ?」
「別にいいけど……それじゃ、俺はハニーって呼ぶね」
「え? でも、私の名前は呼びにくくないでしょ?」
「うん、でも、いいよね♪」
「いいけどさ……」

そんなこんなで、「ダーリン」「ハニー」と呼び合うことが決定してしまいました。
とんだバカップルです。
しかし、人間の順応力というのはすごいもので、こんな異常な状況に2人とも3日と経たずに慣れてしまいました。

それでも最初の頃は、人前で呼び合うのは恥ずかしく、
「ダー……あ、ねえ。今度、あっちのお店見たいな」
「いいよ、行こうか」
という感じだったのですが。

最近では、
「ダーリン、ちょっと疲れちゃった。休憩しようよ」
「いいよ。どこに行こうか。ハニーは何が食べたい?」
というような会話が、街中でも交わされています。

ああ……バカップル……。

忘れられない日(一部忘れてたけど)

今日のこの話は、書こうか書くまいか、非常に悩んだ話です。
と申しますのが、昨日書いた「彼からの占いの依頼」より前の話なのか後の話なのか、よく覚えていないからです。
彼も覚えていないそうです(ぁ)。

ただ、この日の日付だけは覚えています。
2005年3月20日。
福岡西方沖地震が起こった日です。

私は外で買い物中でした。
揺れは大きかったものの、私が住んでいた地域の被害は少なく、自宅の被害もたいしたことはありませんでした。

混雑しているようで携帯はなかなか通じず、ときどき受信はできるのですが、送信が困難な状況でした。
数人の女友達と兄からのメールは届いたものの、こちらからはなかなか無事を知らせるメールが送れない状況にイライラしていたとき、1本のメールが。

「姉さん、大丈夫ですか? 心配です」

彼からでした。
兄以外の男性の中で、1番最初にメールをくれたのが彼でした。
その当時私には、私に好意を寄せてくれている男性が1人と、結婚を前提に付き合ってほしいと言ってくれている男性が1人いたのですが(そのどちらにも、はっきりした返事をしていない状態でした)、その人たちよりも彼からのメールがずっと早かったのをよく覚えています。

さて、ここから先が私がすっかり忘れていた話なのですが。
数日前、この話を書こうかどうしようか迷いながら、彼とこの話の事実確認をしていたとき、彼が言ったから思い出したのですが……。
下がそのときの会話です。

「あのときさ、結婚を前提に付き合ってほしいって言ってくれてる人がいるって、ミルちゃん(仮名、私のこと)言ってたでしょ?」
と、彼。
「うん、言ってた。いたね、そんな人(←ひでぇ)」
「メール送ったのに連絡が無いから心配してたら、だいぶ経ってからその人から『ごめん、寝てた』って返事が来たって、ミルちゃんが怒ってたのをよく覚えてるよ。俺、笑っちゃった」

……………。
冗談抜きに、本気ですっかり忘れてました。
言われてようやく思い出しました。
ありました、そんなこと。
その当時、私にプロポーズしていた男はそういう奴でした。
非常に無神経と言うか、周りのことを考えないと言うか、何というか。
私のことを心配とかしてくれない人だったので、プロポーズを断った私の判断は間違ってなかったな、と今でも思います。

そして、彼からメールを受け取った私は。
「いい子やな~~~~~♪」
と、すごく嬉しく思ったのを覚えています。
その言葉の響きでわかると思いますが、私はそのとき、まだ彼のことを思いっきり子ども扱いしてました。
だって、だいぶ年下だし。
福岡オフでも、弟のように思っている年下の男友達が多く、弟が1人増えたくらいの感覚だったんですよね。
このときは、まだ。

彼からの占いの依頼

会ってから1ヶ月後から2ヶ月後くらいの話です(よく覚えてない)。
カテゴリを占いのほうにしようかどうしようかと迷ったのですが、彼との関係の進展に絡んでくる話なので、こちらに入れることにしました。

その頃、2人の関係はまだ進展しておらず、相変わらず時間が合えばMSNで長く話し込んだりする程度でした。
会う前と変わったことと言えば、携帯メールのやりとりをするようになったということでしょうか。

そんなある日、いつものようにMSNで話していると、私が占いができるという話になり、彼から
「恋愛運を見てほしい」
と言われました。

数ヶ月前に会ったとき、彼は「彼女はいない」と言ってました。
彼は大人しくて人見知りな性格上、自分から女の子に声をかけるタイプでもないという印象を受けていました。
そんな彼が、「恋愛運を見てほしい」と。
これは大進歩。
お姉さんは応援しますよ! って気持ちで、気合を入れてカードを切りました。
その結果です。
1枚のカードにも複数の意味がありますので、どの意味をとるかは占い師次第です。

【過去のカード】
理想的な女性との出会い。気持ちの綺麗な相手。明るい、新しい恋の芽生え。
【私の感想】
「ほほぅ。ここ数ヶ月でいい出会いがあったわけか。いい傾向♪ 恋せよ若者★」

【現在のカード】
進展しない状況。身動きがとれない状態。
【私の感想】
「きっかけがうまくつかめないわけか……それで占いの依頼をしてきたわけね」

【未来のカード】
復縁、物事の成就、深く強い愛情、変革。
【私の感想】
「うまく行きそうだね。しかも、かなり奇跡的と言うか、急展開的に」

【本人の深層心理を示すカード】
解放、変化を求めている。現状から抜け出したい、ふっきりたいと思っている。
【私の感想】
「自分自身の積極的に出られない性格をどうにかしたいと思ってる……ってところかな」

実はこの後に、「結果」という未来のカードのさらに後をよむカードがあるのですが、ここではとりあえず伏せておくことにします。
その内容に関してはまた後日ということで、記憶の端に留めておいてください。
そしてこのとき、その結果のカードを伏せた内容を彼に伝えました。
当たってるので驚いているようでした。

「貴方次第でどうにでもなる恋愛よ。貴方自身、変わらなければいけない、そうしないと進展しないとわかっているはず。いくらいいカードが出ていても、貴方が行動しないことには進展しないの。頑張りなさい」
私はそう激励しました。

例えば。
試験に受かると言う占いの結果が出ていても、受けなければ受かるはずがない。
宝くじを買えば当たるという占いの結果が出ても、宝くじを買わなければ当たるはずがない。
占いと言うのは、「行動すればうまくいく」という不確定な未来を見ることはできるけれど、その人が行動をするかしないかまでは見れません。
結局、その人次第。
人の意志力は占いに勝るということです(時と場合によりますが)。

まあ、そんな内容の話をして、その日は終了しました。
MSNのメッセージ履歴がとっくの昔に流れてるので、正確な日付がわからないのが残念です……。

2日目・3

昼食後、福岡ドームや隣接しているホークスタウン、福岡市博物館を案内し、夕方頃博多駅へ向かいました。
あまりの寒さに外に出るのが嫌で、博物館で時間を潰してたりしてたのですが。

博多駅で、彼が家族や職場へのお土産の買い物をした後、軽い夕食を済ませ、空港へ送って行きました。
さて、空港で思いもかけないハプニングが。

なんと、予約していたはずの彼の帰りのチケットがとれていなかったんです。

一緒に過ごした2日間の中で、強張った彼の表情をこのとき初めて見ました。

しかも、確認してもらったところ、その時間以降の帰りの便は全部満席。
帰れないのっ!?
本当に、波乱だらけの2日間。
最後の最後にこんなオチがつきました。

とりあえず、キャンセル待ちの申し込みをして、疲れきった顔で座り込む彼。
私は基本的に、何があってもあまり動じないほうなので、それほど動揺することもありませんでした。
だって、慌てふためいてどうにかなるならいくらでも慌てるけど、慌てたって何にもならないし。
冷静な判断力を欠くだけだし。
無駄な労力は使わないほうがいい。

そんな性格なので、2人分の温かいお茶を買ってきて、隣りに座ってくつろぎ始めてしまいました。
本当はこういうときは、気持ちを落ち着かせる作用のある紅茶がいいのですが、紅茶が見つからなかったので。
コーヒーは興奮剤だし、緑茶のほうがいいかなぁと。

ただ、落ち込んでいる彼にどう声をかけていいものかわからず、
「大丈夫よ、何とかなるって」
と、何の根拠も無い無責任なことを言って、彼の気がまぎれるように馬鹿話を繰り返していました。

今日はそんなに遅くならずに帰れると親に伝えていたのですが、家に電話をして、事情を話し、
「ごめん、何時になるかわからない」
と伝えました。
<1日目・2>に書いた通り、私はいい年して門限があって外泊禁止なのですが、うちの親も話せばわかってくれるので、許可がおりました。
もし、彼の帰りの飛行機が明日の朝の便になったとしても、私がこちらに呼んだ責任上、空港で朝まで一緒に過ごすつもりでした。
親には女友達と一緒だって嘘つきましたけどね(笑)。

それから数時間後。
キャンセルが出て、どうにか帰れることになりました。
本当に、心底ほっとしました。
彼もそんな顔をしていました。

良かったよかったと2人で喜びながら、彼を搭乗ゲートまでお見送り。
ありがとうとか、気をつけてとか、またねとか、こういう場面でありがちなの言葉をお互いに交わしながら、私の理性は、もう会うこともないだろうと思っていました。
だって、そうでしょう。
離れた場所に居る、すごく親しいわけでもない友人。
わざわざ会いに行くのは余程のことだし、「またね」なんて言いつつ、もうインターネットを通じて以外で会うことなんて無いだろうと思っていました。

でも、なぜか。
私の感情の部分が、「近いうちにまた会える」と感じていたのです。
何の根拠も無い予感を理性で打ち消し、私は彼を見送りました。
そして、そんな予感を抱いたことなど、翌日にはすっかり忘れていました(書きながら思い出しました)。

これが、初めて彼と会って過ごした2日間のほとんど全てです。
はっきり言って、色っぽい展開なんてカケラもありませんでした。
2人の関係が進展するには、ここから数ヶ月の時を要することになるのです。

占いの考え方と過去の占例

今日、仕事の後、友人に誘われて食事に行ってました。
鯛茶漬けおいしかった♪
彼女と私との関係は、占い抜きには語れないので、今日はちょっと占いの考え方を書いてみたいかなと思います。

そもそも、占いとは。
人の運勢、物事の吉凶、将来の成り行きを判断・予言すること。
ですが、私は予言と占いは違うと思っています。
占いで見える未来は、人の力で変えられるからです。

例えば、「事故にあう」という占いの結果が出たならば、気をつけていれば避けられることもあります。
例えば、「試験に合格する」という占いの結果が出ても、それから遊んでいれば落ちることもあります。

つまり、占いとは、どうすればより良い方向へ行けるか、そのヒントを得るためのものであると私は思っています。
風水や家相学などは、良い運を呼び込むためのものだし。
私は予言はしません。避けられない未来を見ているわけではないから。
人に幸せになってもらうためのアドバイスを、占いによってしているだけです。
悪い結果が出たら気をつけよう。
良い結果が出たらより頑張ろう。
そんなものです(お気楽占い師。ある意味、占い師失格?)。
ついでに言うと、私はカードを使って自分で自分を占うのが苦手です。
人を占うと当たるらしいのですが。

彼女を最初に占ったのは、すでに3年以上前になります。
いろんな人を占っているので、私自身は何度か彼女を占ったことは覚えているのですが、内容までははっきりと覚えておらず、これは彼女の口から聞いた話になります。

当時、彼女が付き合っていた彼氏が浮気しているようなので占ってほしいと言われました。
カードを切った私が、
「女性の影が見えるから早目に確かめたほうがいい。別れることになるかもしれない」
と言ったそうです。
それで彼女が彼を問い詰めたところ、二股されていたとか。
結局、彼女はそれがきっかけで彼と別れることに。
と言うか、厳しく糾弾したために、彼がもう1人の女性のほうに行ってしまったそうです。

それからしばらくして、また彼女が占ってほしいと言ってきました。
その彼から、また連絡が入るようになったそうです。
彼女自身、まだ彼に未練があり、よりを戻すべきなのかという内容でした。
「彼は貴方のところに戻ってくる。でも、また別れることになる。よりを戻すことはすすめない」
と私が言ったそうですが、彼女は彼とよりを戻してしまいました。

よりを戻してしばらく経った頃、彼が戻ってきた理由が発覚したそうです。
なんと、二股していたもう1人の女性に振られたから戻ってきたのだとか。
こんなに失礼な話も無いでしょう。

当たり前ですが、わずか数ヶ月で破局しました。
あのとき、私が言った通りによりをもどさずにいれば、2度も傷つかずに済んだのに、と彼女は言います。

占いによって未来が決まるわけではない。
占いを聞いてどう行動するかが、その人の人生を変えるのです。
占いが悪いことだとは思いませんが、占いを妄信する人は占いたくありません。
悪い結果が出ると、もう駄目だと思って諦めてしまうからです。
悪い結果を避けられるようなアドバイスをしても、どうせ駄目だと思っているから、本当に駄目になってしまうのです。

占い好きな方々へ。
占いで悪い結果が出ても、決して絶望しないでください。
貴方の行動次第で、未来は変わっていくのですから。
私はいつでも、貴方たちの幸せを祈っています。

2日目・2

そろそろ昼食ということで、シーホークホテル&リゾートに行きました。
結婚式を挙げるカップルが多いことで有名なホテルで、レストラン街はもちろん、あまり広くはないけど南国の植物が生い茂ったスペースがあって、散歩するだけでもなかなかいい場所なのです。

とりあえず、その中でイタリアンカフェのような雰囲気のお店を見つけ、お値段もそう高くないから、行ってみることに。
そのお店に向かって歩いていると、その通路の正面、10メートルほど先に、お目当てのカフェが。
なかなかいい雰囲気だと思いながら進んでいると、
「お食事ですか?」
通路に立っていた制服姿の女性に声をかけられました。
ああ、あのお店の人かと思って、
「はい」
と答えると、
「では、どうぞこちらへ」
と、一瞬、彼女が通路の壁に消えたように見えました
動揺しましたが、通路の途中に別のお店の入り口があって、彼女はそのお店の人だったのです。
人間の目とは不思議なもので、正面に目標のものがあると、周囲のものがよく見えなくなるようです。
2人とも、そのお店の存在に全く気付いていませんでした。

お目当てのお店とは違うけど、今更違うとも言えなくて、2人でそのお店に入ることに。
ところが、案内された場所にびっくり。
テレビで見るような、すごく豪華な高級感溢れるお店。
はっきり言って、2人は浮いてました。
正装とまではいかなくても、それなりの服装を着た人が多い中、お店の女性も、ラフな服装をした私たち2人によく声をかけたものです。

一応、短大で食物栄養を専攻していたので、授業の一部にテーブルマナー講習会なんてものもあり、一通りのマナーはわかるものの、はっきり言って肩がこるから気取って食べるのは好きじゃありません。
ここに来てわかったことは、彼も私も、由緒もへったくれもない家に生まれた完璧なプロレタリアだということです。

非常に肩身の狭い思いをしながら食事を終え(おいしかったけど)、支払いのときさらにびっくりしました。
高級なお店はサービス料がつくのです。
はっきりとした値段は忘れてしまいましたが、高くて驚いたのは覚えています。
私のような庶民にとって、ランチと言えば1000円前後のもの。
ちょっとぜいたくなランチで、1500円くらいでしょうか。
驚いたということは、多分2人で5000円くらいしたのだと思います。
ディナーと言うならわかりますが、ランチですよ、ランチ。
ランチにその値段はないだろう、と思ってしまいました。

でも結局、
「ガイド代です」
と言って、彼が支払ってくれました。
色んな意味で、またびっくりしました。

お店を出て、お店が見えない場所まで行ってから、2人で脱力して大笑いしてしまいました。

これが1つ目の波乱(と言うか、ちょっとした事件?)だったわけですが、もっと大きな落とし穴が、1番最後に待ち受けていました。

2日目

2日目はとにかく寒かったです。
1日目も冷え込み、雪が積もったら飛行機の離着陸やらJRやらが大丈夫だろうかと心配してたのですが、2日目はさらに冷え込みました。
南国九州でも、年に何度かはそういうことがあります。
雪国に住む人達から見ればたいしたことないレベルだと思いますが、雪と寒さに不慣れな九州人は大変なのです。

そして、この2日目の案内は海沿い。風が強くて寒さ倍増です。
でも、福岡に来たら福岡タワーには連れて行かねばと思っていたので、寒さと雪程度で計画を変更する気はありませんでした。

朝、博多駅で彼と合流し、バスに乗って福岡タワーへ。
彼が高所恐怖症でないことは確認済みでした。
海沿いで風が容赦なく吹きつけ、小雪がちらついて、体感温度は氷点下でした。
私は寒さには強いほうなのですが、バス停からタワーまでのほんのちょっとの道のりが辛かったです。

福岡タワーに入り、チケットを買って、エレベーターに乗り込みました。
これが不思議なことに、展望台に着いたとたんに晴れ渡り、一面に広がる海と青空を見ることができました。
自称「晴れ女」なので、一応面目は保てたかな、と(ぇ)。
ふと下を見ると、海沿いの教会で、この寒さの中結婚式が行われていました。
ウエディングドレスってあんまり厚着じゃないし、参加者も辛いだろうけど花嫁は1番辛いだろうな……とか考えていると。
突然、目の前に色とりどりの無数の風船が。
結婚式でとばされた物のようでした。
野鳥の会に入ってるわけではないので正確に数えられたわけではないし、数えてもいませんでしたが、多分、最低でも200くらいはあったかと思います。
「うわぁ……きれ~い」
思わず声が漏れました。
どうやら彼も同じだったようで、2人でしばらくその光景を眺めていました。

今にして思えば、展望台に着いたとたんに晴れ渡ったことも、行われていた結婚式も、祝福の風船も、今後の2人の行く末を暗示していたようにも感じられます。
運命的と言えば運命的。
そのときは、まだ2人ともそんな未来を知る由もなかったけれど。

なんだか妙にいい雰囲気で、のんびりまったりと何でもない会話をしながら、昼頃まで展望台に長居してしまいました。

落とし穴は、すぐそこまで迫っていました(ぁ)。

1日目・2

私はあまり車の運転に自信が無いので、公共の交通機関で移動しました。
その中で色々と話をしたのですが、彼は人見知りと言うか、とにかくおとなしかったです。
メッセなどでは、よく話をしていたけど、直に会うと本当にしゃべってくれない。
そして、びっくりするほどマイペース。案内してたつもりが、振り向くと後ろのほうで止まってたりとか。
せめて一言いってから止まれよ。
まあでも、そんなこんなで、私が一方的にしゃべってることが多かったけど、慣れてくると、会話のやり方がわかってきました。
彼が反応しやすいボールを投げると、ちゃんとキャッチして返球してくれるという感じでしょうか。

ここから先は、福岡の人にしかわからないような場所やお店がたくさん出てきますが、どうかご了承ください。

まずは、天神やキャナルシティ博多へ案内しました。
旧福岡県公会堂貴賓館(天神中央公園の中、明治43年に建てられた木造2階建てで、国の重要文化財に指定されている数少ない明治時代のフレンチ・ルネッサンスを基調とする建物)を見た後、天神の街中へ。
福岡には意外と重要文化財が点在していて、本当は福岡城跡なんかにも連れて行きたかったけど、ちょこちょこ交通費がかかって面倒くさいと言う理由で削除。
手抜きガイドです(ぁ)。

昼食は、博多に来たらやっぱりとんこつラーメンでしょう。
ということで、某有名ラーメン店へ。
彼はこれがお気に召したようで、今でもときどき足を運びます。

天神の街中は、アクロス福岡やソラリア、三越、大丸、イムズ、コア、岩田屋などなど、見るところがたくさんあります。
小腹がすいた頃、イムズの地下、フランスに本店があり、西日本で唯一の支店であるジュラール・ミュロでケーキを買いました。
チョコレートやケーキ、パンがすごくおいしいお店です。

その後、キャナルシティ博多へ行き、ステージで運良く大道芸が行われていたので、2人で見入ってしまいました。

それから、早めの夕食をとることに。
天神へ戻り、西日本最大級のビアダイニング、じゃんくうへご案内。
ビールがおいしいらしいけど、実は2人ともビールが飲めなかったというオチがつきました。
まあ、一見の価値はあるということで連れて行っただけなので、別にいいんですけどね。
それでもめげずに飲み放題コースをオーダーし、2人でビール以外はほぼ全種類制覇しました。

彼は同じくらい飲んでもしっかりした足取りでしたが、私はだいぶへべれけに酔っ払ってしまいました。
私は酔っ払うと、テンションが上がってその辺の酔っ払いのオヤジと大差がなくなります。
笑って絡む私に、彼はだいぶ困っている様子でした。
ちょっと自己嫌悪。

その後、21時半頃、明日の待ち合わせの時間と場所を確認してから、彼は予約していたホテルへ。
私は一旦帰宅しました。いい年して門限があって外泊禁止の家なので。
とりあえず、門限の23時には家に帰り着き、翌日のためにぐっすり眠りました。
へべれけに酔ってても、自力で自宅に帰れる自分を褒めてあげたいです(何)。

1日目のできごとはそれだけだったのですが、結局それからしばらく経ってから付き合うことになったので、出会いの経緯を友達に話していると、

「もしかして、その日一緒に泊まったの?」

と聞かれることがあります。
私自身の、また彼の名誉のために断言しておきますが、絶対にそんなことはありません。
出会ったその日にベッドインするのも当人たちの自由だから、別に止める気もありませんけど、私はそれをしたいとは思いません。

話が脱線しましたが、1日目は結構順調だったと思います。
2日目がちょっと波乱含みだったんですよね。

1日目

彼が一泊二日の日程でやってくるその日の朝、私は空港で彼を待っていました。
動きやすいように黒のパンツスタイルの上に淡いピンクのショートコート、スニーカーという軽装にノーメイク。
もともと、化粧はほとんどしません。
朝、その日の服装と、外見年齢は20歳前後、153㎝と小柄な体つきで腰まである黒髪が目印、とメールで伝えた上で、空港の彼が乗ってきた飛行機の出口で待っていました。

昨日書いたように、占い師などをしているせいか、私はかなり勘がいいようです。
以前、同じように空港で初めて会う人を待っていたとき、年齢と性別しか聞いてなかったにも関わらず、なぜか一発でその人を見分けた経験があります。
理由を聞かれても、自分でもよくわかりません。なんとなくそう思ったとしか言えません。

でも、いつもそんな感じなので、あまり心配はしていませんでした。
しばらく待っていると、ぞろぞろ人が降りてきました。
その中に、彼らしい人を見つけ、彼も一度こちらを見たのですが、なぜか近づいてきません。
それに、写真とはずいぶん雰囲気が違います。
人違いかと思っていると、彼は私に背を向け、何やらごそごそとしている様子。
「?」
と思っていると、私の携帯にメールが。
「着きました。どこですか?」

ちょっと待て、と思いました。
降りて来る人はたくさんいますが、待ってる人は数人しかいません。
どう見ても、私と同じ容貌や服装の人は周りにはいませんでした。
それに、彼は目はいいほうだと言ってました。
そのままずかずかと近づいて、背中を叩き、振り向いた彼の目の前にそのメールを突きつけました。
彼は苦笑い。
「初めまして」
はにかんだ様な笑顔は、写真とはずいぶん違いました。

まず、髪は真っ黒。茶色がかって見えたのは、どうやら光線の加減だったようです。
写真ではずいぶん美形に写っていましたが、写真うつりがいいタイプのようで、かの大女優、オードリー・ヘップバーンに実際に会った人の言葉を思い出しました。

「映画だとすごい美女だと思ったけど、実物を見るとびっくりするくらい目も口も大きいんだよね」

そのときはぴんと来なかったけど、なるほど、こういうことかと納得してしまいました。
全然ホスト系ではなく、普通の兄ちゃんでした。

そしてどうやら、びっくりしたのは彼も同じだったようです。
「姉さん(この頃、彼は私をそう呼んでいました)、本当に俺より年上なんですか? 18くらいにしか見えないんですけど

彼はこのとき、まだ20歳でした。
でも、人間というのは、自分を基準に考えるものです。
彼は自分を基準にして、私を自分より年下に見えると判断したのです。
ほんのしばらく前、栄養指導に行った中学校の3年生から、
「姉ちゃん、18くらい?」
と言われたときよりショックでした。
同じ18歳でも、15歳の子に言われるよりも、20歳の子に年下扱いされるほうがずっとショックでした。
若く見られるのならいいじゃないかと思われるかもしれませんが、四捨五入したら三十路になるというのに、18歳扱いはツライです。

「海沿いを案内したときに、海に突き落とすか……冬の海は冷たいよな」
そんな根暗いことを考えてしまいました。
波乱の二日間の幕開けでした。

恋愛運が上がる風水

彼との出会いの話の続きも書きたいけど、占いの話も書くことになっているので、看板に偽り有りにならないように、今日は占いのことについて書きたいと思います。

本業は栄養士ですが、副業と言うか、趣味で占い師してます。
今はまだ、友人や親類、友人に頼まれてその友人を占ったりする程度なのですが、評判は悪くないようです。
メインはタロットカードですが、それ以外に生年月日からみる占いや、姓名判断、風水、家相学などをちょこちょこかじってます(器用貧乏)。
とりあえず今日は、女性の皆様をターゲットに、恋愛運が上がる風水を紹介したいと思います。

風水の基本は、まず部屋を綺麗にすることと、風通しをよくすること。
それが大原則です。そうしないと、いい運気は入ってきません。

それを踏まえた上での恋愛運が上がる風水です。
①部屋の向きは南東向きがベスト。
②カーテンはグリーン地に花柄。
③壁紙は白とピンク。
④枕の向きは東がいい(諸説様々ですが)。
⑤シーツや、枕や布団のカバーなどの寝具は絶対にピンク! 運気は寝てるときに入ってくるのです。

ここまで書くとだいたいわかると思うのですが、女性の恋愛を呼ぶ色はピンクとグリーンです。
洋服にも上手に取り入れるといいですよ☆
全身その色にする必要はありません。バッグやマフラーなどの小物にワンポイントで使うだけでも効果があります。
私はよく、全身黒っぽくしておいて、どこか一箇所だけピンクにしてます。

もともと、私はあんまり風水って信じてなかったのですが。
数年前に、上に書いたようなことを有名な風水師がテレビで言ってたんです。
そのときは、「ふ~ん」って聞き流してたのですが、よく考えてみると、私の部屋そのものだったんです。
私の部屋は南東向きで、カーテンはグリーン地に花柄、寝具はピンク、壁紙は白地に淡いピンクの花びらが舞うような模様。
この部屋を作るときに、グリーンとピンクでまとめていたんです。

冷静に考えてみると、この部屋に引っ越してきて数年、男性との縁が切れたことがありません。切りたくても切れないときもありましたが。
別れてもすぐに次の彼氏ができるし、今は彼氏はいらないと断っているときも、常に言い寄ってくる男性はいました。
ここに引っ越す前は、全く縁が無かったのですが。

信じる信じないは自由ですし、風水はすぐに効果が出るものではありません。
でも、今彼氏がいない女性は、試してみても損は無いと思いますよ。
部屋の向きや壁紙は簡単に変えられないから、まずは部屋をきれいにして、シーツや枕カバー、布団カバー、ベッドカバーなどの寝具をピンクにして、余裕があればカーテンもグリーン地に花柄の物に変えてみましょう。
もちろん、洋服にも少しピンクをですね。

私は恋する女性の強い味方!(自称)
恋する女性は、みんな綺麗です。
頑張って素敵な男性を捕まえましょうね。

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