桜宮日記

2007年4月に生まれた愛娘・K子の育児や、年下のダーリンとの結婚生活を中心に、日常を気ままに書いて行きたいと思います。2011年8月に家族が増えました♪

異常な家

しばらく前に、うちの家系の男性の死亡率は異常だと言うことを書きましたが、そのことについて書こうと思います。
最初はあまり関係のないところから書かないといけないし、多分、数日に分けて書くことになると思います。
長くなるので、隠しにしておきますね。


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桜らいん





父は、男1人女3人の兄弟です。
本当は、男3人女3人でした。
この時点で、男の子が2人亡くなっているのです。
まあ、60年も前のことなので、そう珍しいことではないのかもしれません。

しかし、たった1人の男の子ということで、甘やかされ放題に育った人です。
他の女性3人は、便宜上、伯母A、伯母B、伯母Cと書くことにします。
伯母Cは、比較的まともです。
しかし、伯母Aと伯母Bは変です。
そのことは、後回しにするとして……。

死んだ人の悪口は言うべきではないのかもしれませんが、父の母、つまり祖母も変でした。
とにかく、息子である父の言いなり。
父を叱ることもない。

例えば、です。
祖父は早く亡くなったので、祖母は父と同居したかったようです。
しかし、当時のうちは転勤族で、住まいは狭い社宅。
とても、祖母と同居できるような部屋の間取りではなかったのです。
それを説明しても、
「嫁が悪い」「嫁が同居を嫌がってる」
と、言いふらすような人でした。

父がお酒を飲みすぎて酔いすぎて、これ以上飲むと体に悪いからと、母がもうやめるようにお願いしたところ、父に殴られたことがありました。
祖母の目の前で殴られたのですが、
「殴られるようなことをしたあんたが悪い」
と、祖母は母を叱りました。

とにかく、父は悪くない。悪いのは全部母。
そういう祖母でした。

それは、その子供にまで影響を及ぼしました。
その「悪い嫁」が産んだ子は可愛くない。
娘が産んだ子は可愛い。
如実にそんな態度を取る人でした。

だから、いつも兄と私は可愛がってもらえず。
ほかの従兄弟たちがお小遣いをもらったり、何か買ってもらったりするのを、いつも見ているだけの存在でした。

1度だけ、嫁の子だから娘の子だからとか、まだそんな事情がわからない頃、私は両親に訴えたことがあります。
他の子はお小遣い貰ったり、いろんな物を買ってもらったりするのに、どうして私たちは祖母に何もしてもらえないのかと。

父は、私を怒りました。
お金が欲しいのか、何か買ってもらいたいのか。
金に汚い、情けない子だと。
そして、母に対しても、「お前の教育が悪いからだ」と怒りました。
それ以来、1度も口にしませんでした。

お正月に親戚が祖母の家に集まっても、働いているのは母だけ。
娘3人は子供を連れて来て、くつろぎ、母が用意した物を食べて飲む。
母だけが、食事をする間もなく下働きのように忙しくしている。
お正月でなくても、祖母の家に行ったら、基本的に祖母は何もせず、母が家事のすべてをする。
買い物などのお金も母が出していました。
それも嫌いでした。

当然ながら、あまり祖母の家には行きたくないと思って生活していた、あるお正月前。
多分、私は小学校の中学年か高学年くらいでした。
母が、たくさんのお金を包んでいるのを見かけました。
「それ、何?」
家が貧乏だと思っていた私は、びっくりして母に尋ねました。
小学生の私が、「たくさんのお金」と認識したのだから、多分、20~30万くらいあったのではないかと思います。
「お正月は何かと物入りだから、○○のおばあちゃん(父方の祖母)にね」
と、母が言っていました。

うちもこのころはかなり貧乏で、切り詰めた生活をしていました。
そのお金が、祖母のところに流れていくのを、納得できない思いでいました。
その翌日に祖母の家に行き、その包みを母が祖母に渡しているのを、私は確かに目撃しました。

そして、その数日後のお正月。
祖母が孫たちにお年玉を配っているのを見て、
「ああ、あのお金の出所は、うちなんだ」
と、思いました。
それ以前に、従兄弟たちがいろいろ買ってもらってたのも、そういえばお正月頃が多かった。
あれも、うちが出したお金なんだ……と。
祖母がほかの従兄弟たちに大盤振る舞いするお金がうちから出ていたと知ったときは、さらに納得できない思いになりました。

そして、祖母が私にお年玉を渡すとき。
「少なくてごめんね。でもね、あんたのお母さんがケチだからだよ」
と、ほかの人には聞こえないように言いました。


ぶちっ。

さすがに切れました。
小学生の孫に言うセリフではないでしょう。

何か両親に訴えたところで、何がどうなるわけでもないことは実証済みですから、何も言いませんでしたが。
それ以来、さらに冷え切った祖母と孫の関係だったことは、言うまでもありません。
お互いに無関心。
関係を修復する気もさらさらありませんでした。

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